【雑感】「陛下のお気持ち表明ビデオ」で気がついたこと

本日、天皇陛下がお気持ちをビデオメッセージで表明され、生前退位のご意向を示唆されました。国民が主権者であることと、象徴天皇制を強く意識された意義深い内容だったと思います。

ここではその内容について論じることはしませんが、一つ気がついたことを述べたいと思います。

上の写真でもわかるとおり、東北地方太平洋沖地震に関する天皇陛下のおことばの時と同じく、陛下は「原稿を手に持って」お話になられます。

今回の映像はズームアップ時にも手元の原稿が大きく写り込んでいたため、特に気になった方も多かったのではないでしょうか。

事前に文言を首相官邸と擦り合わせた」という報道とあわせて聞くと、「読まされている」ように感じた人もいるかもしれません。

一方、英国エリザベス女王のビデオメッセージでは原稿を手に持たずにカメラ目線で国民に語りかける手法をとっていますし、安倍首相の記者会見でも2013年からプロンプターを導入し、できるだけ原稿を読まずカメラ目線を意識しているように見えます。

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(出典:読売新聞Web)

この写真の右手前にある板がプロンプターという原稿表示装置です。

アメリカ映画などで大統領が国民に語りかけるシーンがよくありますが、あれもプロンプターを使っていますね。

例えば、政治オタクにはたまらないNetflixの「ハウス・オブ・カード 野望の階段」シーズン4の終盤のシーンもそうでしたね。(ネタバレになるので詳細は触れませんが)次のシーンがわかりやすいです。

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2016-08-08 (15)(出典:Netflix「ハウス・オブ・カード 野望の階段」)

やはり、国民に語りかけ意imageした方向に共感を得ようとする場合は、非常に有効な手法だと思います。

このような技術があるのに、なぜ陛下は原稿を手に持ってお読みになるのかという点について思いを馳せてみて、私なりに至った結論はこうです。

「どのような時にも国民と共にあり、相たずさえて」いる陛下にとって、実際「原稿を読んでいる」にもかかわらず「原稿を読んでいないように見せる」ことは国民を欺くことと同じに感じるはずで、象徴天皇というお立場として自然体で国民に寄り添うという姿勢であれば、プロンプターを使うという選択肢すら発想されないんだろうなと考えられるわけです。

もし、ご自身の意向だけに沿って共感を醸成したいのであれば、プロンプターを使って国民一人ひとりに語りかけている演出をした方が効果的なのは間違いないのですから。

そう考えると、一見、単に古い手法を採用しているだけように見えますが、あえてその手法を採用すること自体に、陛下の深い価値観とメッセージが込められている非常に高度な手法だといえるのかもしれません。

皆さんはどうお感じになられたでしょうか?

それでは、また次回。